Intruder - 後編 2/2

「……嘘だろ……?」
 カイトは思わず口走った。
 ゴア・マガラは、あの“絶対強者”とも称される轟竜の首の骨をいとも簡単に折って見せたのだ。
「……逃げるぞ、カイト」
 ロビンとカイトは平原の方面へ走り出した。
 しかし、ゴア・マガラはカイトたちの動きを捉えていたようだった。ティガレックスの亡骸を脚翼で掲げ、逃げ道を塞ぐかのように、こちらに勢いよく投げつけてきた。大きな飛竜をぶつけられたロビンはティガレックスの下敷きになっていた。猟虫は弧を描き、カイトの肩にしがみついた。
 幸いカイトは無事ではあったが、鱗粉の影響で激しく咳込んでいた。微かに視界が霞んでいる。
「ロビンさん!」
 肩をゆするもロビンの反応はない。気を失っているようだ。猟虫が主を心配するかのように触角をゆらゆらと揺らしていた。
 ゴア・マガラはゆっくりと近づいてきた。カイトは思わず固唾をのんだ。まるで追い詰められたアプトノスを弄ぶかのような――気のせいか黒蝕竜は笑っているように見えた。
 迎え撃て、とヘビィボウガンを展開して構える。
 弾は何が有効か。
 減気弾は全て撃ち尽くした。
 毒は効くのか。
 そもそも古龍の幼体にそんなものは通用するのか。
 銃口は震えていた。
 怖い。
 黒蝕竜は後ろ脚だけで立ち上がると、脚翼を再び掲げた。
 大きな攻撃が来ることだけは分かった。
 逃げなければ、死ぬ。
 でも足が動かない。
 避けられるわけがない、と震えていると、猟虫が警告するように顎をがちがちと鳴らした。我に返り、カイトはゴア・マガラの懐に潜り込んだ。地響きと共に、足元が揺れた。掲げていた両脚翼を地に叩きつけていた。「虫君、ありがとう」と言いながら、カイトは後ろを見た。脚翼は半ば地面に埋もれていた。
 尤も、逃げたところで何もかもが解決するわけがなく、ましてやロビンを置いて逃げることなどできるわけがなかった。ゴア・マガラの背後に回り込み、カイトは祈るようにして、装填されていたLv2通常弾で頭を狙撃した。だが、鱗粉を吸った影響なのか、集中力を欠いていて弾がまともに当たらなかった。
 ゴア・マガラは轟竜を乱暴に払うと、ロビンを脚翼で掴み、自身の頭の位置の高さに掲げた。ロビンをまるで盾のように持っている。これでは迂闊に攻撃ができない。ゴア・マガラは息を吸う。口腔にエネルギーを溜め――閃光と共に大きな爆発を起こし、衝撃でカイトはぶっ飛ばされていた。
「あぐぁっ……!」
 ゴア・マガラも反動で大きく後退している。更にワンテンポ遅れて、もう一発、爆発を巻き起こした。
 その時、飛竜の鳴き声が上空から響き渡った。
 黒い靄の合間から赤い流星が旋回しているのが見えた。リオレウスが、縄張りを犯す不届きモノの本格的な排除に乗り出してきたようだ。多量の火球ブレスが鱗粉の嵐を突き破って降り注がれる。平原の枯れ草に延焼し、カイトたちは炎に囲まれていた。
「……っ」
 ゴア・マガラの様子が途端に変わった。まるで火を忌避するように、翼を広げて飛び立とうした。だが、リオレウスはゴア・マガラの逃走を許さなかった。大空をそのまま映したような瞳は怒りに燃え上がり、口からは火が噴き出ている。そして大きな火球を発射した。正確にゴア・マガラを捉えたブレスが、黒蝕竜の翼膜を焼き、甲殻を焦がし、わずかに角に亀裂を入れた。
 ロビンが草むらにポトリと落とされる。カイトは転がっていた操虫棍を携え、ボウガンを背負うと、急いでロビンに駆け寄った。猟虫がカイトの肩からひょっこりと顔を出す。
「いって……ぇ」
 気が付いたロビンが体を起こしたが、燃え上がる平原を見て言葉を失っていた。
「な……、これは……おい、どうなって……」
「リオレウスがきたんです」
「は……?」
 カイトはロビンに肩を貸した。ロビンはよろめきながらも、なんとか立ち上がった。カイトが今までの経緯を話し、状況を把握したロビンが、ベースキャンプを指して小声で言った。
「今のうちにキャンプに行くぞ」
「はい……!」
 背を低くしてベースキャンプを目指す。
 黒蝕竜はボロボロになりながらも、漆黒のブレスを上空に向かって吐いた。遥か上空を飛ぶリオレウスを退けようとしているのだろうか。火竜も迎え撃つように、火球をいくつも地上に落とす。
 ゴア・マガラは大きなブレスを吐いた。それは不安定な軌道を描いて、火竜を襲った。翼を撃たれ、赤き流星は真っ逆さまに落ちていった。カイトとロビンは空の王者が墜落していく様を目撃していた。
 “絶対強者”のティガレックスと、“空の王者”のリオレウスがあっけなく、ゴア・マガラに倒されていった。ハンターが武器や罠、道具を駆使してようやく討伐できる相手を、いとも簡単に屠ってみせた。逆にこちらが狩られてしまうことだろう。悔しいが、自身の力の弱さを認めるしかない。父と同じくらいの実力があれば……。
 背後から追いかけてくる音が、吹き荒ぶ風と燃え上がる炎の音に混ざって聞こえた。カイトとロビンは振り返った。
 カイトたちの頭上を飛び越え、黒蝕竜がまた立ちはだかった。
「何なんだよ、アイツ……」
「そう簡単には逃げられそうにないですね」
 ロビンがため息をついた。
「カイト、喜んでねぇだろうな」
「何でですか! むしろ嫌ですよっ」
 カイトはロビンに操虫棍を渡すと、ヘビィボウガンを構えた。ロビンは鼻で笑うと、今までカイトの背中にくっついていた猟虫を呼び寄せた。
「ロビンさん、ゴア・マガラの弱点は分かりますか?」
「火に弱い。今の狂竜化の状態だったら、頭を狙うのが一番だ」
「了解です!」
 ロビンがゴア・マガラの気を引こうと前に飛び出す。
「こっちを見ろ!」
 カイトはヘビィボウガンに火炎弾を装填した。
 角に銃口を合わせる。露出した肌を焼かれ、喉が焦げそうなくらい熱い。ゴア・マガラは鱗粉をかき乱す人間を叩き潰そうと片方の脚翼を高く掲げた。翼膜は燃え、煙を濛々と上げていた。カイトは火炎弾を発射した。
 火の玉がゴア・マガラの角を焼き焦がし、角は弾けとんでいった。角を部位破壊され、ゴア・マガラはひっくり返った。口から黒い気体があふれ出る。カイトはポーチに仕込んでいた、いざというときの強力な弾を装填した。ボウガンを担ぎ、ゴア・マガラの頭部の至近距離まで近づいた。ロビンがゴア・マガラに向かって走る。
 銃口をゴア・マガラの頭に突きつけ、カイトはすぐに引き金を引いた。カイトが何をしようとしているのか、すぐに感知したゴア・マガラは立ち上がろうとした――が、宙に躍り上がっていたロビンがゴア・マガラの首元にしがみつき、抑え込んだ。
 カイトは「目を閉じて!」と叫ぶ。ロビンは腕で目を覆った。
 やや、間を置いて
 燃える火をさらに上回る強烈な閃光が平原を照らしていた。
 ゴア・マガラは強烈な一撃――竜撃弾を頭に受け、弾かれたように上体を後屈させた。おびただしい量の血が飛沫となって飛び散る。ロビンは血を浴びながら、黒蝕竜から離れる。
『――ギャアアアァァァ!!』
 絶叫を上げる口腔は赤く染まっていた。黒蝕竜の鳴き声は、まるで呪詛を紡いでいるようだった。
 竜撃弾の発射の反動で吹っ飛ばされたカイトは尻餅をついていて、落としたヘビィボウガンの下敷きになっていた。なんとか立ち上がり、ゴア・マガラの次の行動を注意深く見た。ロビンがすぐ近くまで駆け寄り感心したように、
「随分とすごい隠し玉だな」
「あの一発しか持っていないんですけどね」
 黒蝕竜の頭部は、今もだくだくと血を流していた。角は消え、翼膜の紫色は鳴りを潜めている。鱗粉はまるで浄化されたかのように晴れていた。
 それでも翼を大きく広げ、ゴア・マガラは尾でカイトを叩くと、飛び去って行った。息を詰まらせる。一瞬、意識を失いかけていた。
「……っ!」
 重たい一撃を受けたカイトは膝をつく。ヘビィボウガンをまた地面に落としていた。
「カイト! おい! 大丈夫か!?」
 ロビンが、倒れそうなカイトを支えようとしたが、鱗粉の影響か、カイトは力なく地に伏せていた。視界がひどく歪み、霞んでいる。空のてっぺんまで昇った月は、地上を静かに見下ろしていた。

 ……バルバレの集会所はキャラバンが集まってできた施設のひとつだ。現在キャラバン隊が市場を形成しているこの地域は、周囲が砂漠に囲まれており、天候は晴れているか、砂嵐に見舞われているかのどちらかだ。
 ――あれから数日。
 カイト達は遺跡平原で出くわしたゴア・マガラについてハンターズギルドに報告し、入手した黒い鱗のようなものをギルドに提出した。その時の状況をギルドの職員から聴取されたが、それ以降は特に何もなかった。
 そして鱗粉を吸入してしまったカイトは、検査と怪我の治療のためにバルバレ集会所直属の医療機関に収容されていたが、無事退院していた。防具をバルバレの工房に預けているため、砂漠での活動に適した移動用の服を着ていた。
 ロビンが迎えに来た。ロビンも狩猟していないときは、シャツにベスト、ズボンにブーツといった出で立ちだ。地味な色合いだが、光沢のある紺色のリボンタイが目を引く。栗色の髪は少し長いが、きれいにまとめていた。猟虫は工房でお留守番だ。
 カイトに何枚か紙を渡す。
「……っ!?」
 内容を読んでカイトは絶句していた。ロビンの翡翠色の目が冷たい。
「……あのぉ、これ……」
「請求書だよ」
「見ればわかりますよ……、……大赤字です……」
 ヘビィボウガン――妃竜砲と防具のメンテナンス代、弾代、加えて怪我の治療代が、報酬を上回っていた。ティガレックスはゴア・マガラの手によって仕留められているものの、鱗粉の汚染が激しく素材を依頼者へ引き渡せないため、提示された報酬全てを払うことは不可能とのことだった。治療代はロビンが立て替えたという。
 なお、ゴア・マガラの鱗粉によって発症した症状……狂竜症の治療と検査は研究のため無料だった。あの日、最後にゴア・マガラがカイトに与えた一撃はかなりの衝撃に思われたが、ロビンが言うには軽くはたかれた程度だったという。
 人間が狂竜症を発症すると、通常ではかすり傷程度で済む攻撃のダメージが増えて、更にゴア・マガラの散布する鱗粉の靄の中では体力を奪われやすくなってしまう、と医師から説明を受けた。
 ……ロビンはなぜあの状況で鱗粉の影響を受けなかったのだろうか。確かに彼は、理由は分からないが、ゴア・マガラのことをよく知っていた。鱗粉を吸った時の対処方法も教えてくれた。そもそも、公表されたばかりで、現状ではG級ハンターしか狩猟できないモンスターの詳細な情報を一体どこで……。
「カイト。どうしたんだよ」
「えっ、……あぁ、お金がなくて困ったなぁ……って」
 ロビンは無言のまま周囲を見回していた。カイトはため息をつきながら、請求書を見つめていた。
「じゃあ、後で昼めしを食って、これからどうするか考えるか」
「! いいんですか?」
「あぁ」
 渡りに船、といったところか。
 ロビンは「じゃあ、俺ちょっと用があるから。後でな」と、立ち去ろうとした。
「ロビンさん!」
 足を止めたロビンが振り返る。
「何だよ」
 ゴア・マガラの件を訊ねるべきか、茶を濁すか。呼び止めてしまったところで、
「あ……ええと元気ドリンコ、間違えたの渡してすみません……」
 ロビンはすっかり忘れていたような表情を浮かべていたが、あの魚とトウガラシの汁の味を思い出したらしく、眉根を寄せた。
「……そんなことのために止めたのかよ。というかアレ、わざとだろ。絶対許さないからな」
「わざとじゃないんですよ……本当ですよ……?」
 藪を突いて、すっかり小さくなっているカイトを見て、ロビンは笑っていた。

 ――遺跡平原。
 火竜の亡骸が枯れ草の中にあった。翼におおきな穴が開いており、穴から太陽が拝めるほどの大きさだった。
 青空には雲一つなく、風が草原を揺らした。漣のような音がとても心地よい。
 剣を携え、セルレギオスの素材で作成された防具を着こんだハンターが、火竜を調べていた。翼にこびりついた鱗粉を回収する。
「飛竜の巣のリオレイアの“夫”のようですね。可哀そうに……」
 飛竜の巣から誰かを呼ぶような鳴き声が聞こえた、という報告が何件か入ってきている。こちらは、“彼女”が無事に子育てを終えられることを祈ることしかできない。
 ハンターはペイントの実の液を火竜の尾に塗布した。亡骸を後程回収し、研究所へ移送される。
 大分前から黒蝕竜達が各地に出現した原因を調査しており、実力のあるハンターに狩猟依頼を出している。そして黒蝕竜の中に成熟した個体がおり、その個体が禁足地に還ってきたことが判明した。
 “彼”がこの遺跡平原で遭遇した黒蝕竜は、今どこに潜んでいるのだろうか。この地に現れたゴア・マガラの追跡が始まっており、ハンターも調査を終えたら、追跡チームに合流することになっていた。
 黒蝕竜に“また”相まみえたのも偶然か必然か。居場所を求めてさまようものの安寧をハンターはやはり願うしかなかった。

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