Intruder - 後編 1/2

 黒蝕竜――ゴア・マガラの放つ鱗粉は風で押し流されていった。平原は月に照らされ、青白く輝いている。
 カイトがゴア・マガラにさらわれた後、ロビンは当然追いかけたが、途中で見失ってしまっていた。その後、ハンターズギルドに撤退の連絡を入れ、ロビンはカイトを探しに平原を歩いていた。左腕にしがみつく銀色の猟虫がチキチキと鳴いている。
「これは……」
 風に乗ってペイントの臭いがしてきた。
 ティガレックスがこの近辺にいるようだ。
 カイトたちがこの遺跡平原で、ティガレックスを狩猟しようとしたきっかけはハンターズギルド宛に、ティガレックスの狩猟依頼が来ていたからだ。ティガレックスの素材を欲しいので狩猟してきてほしいというよくある内容だったが、狩猟地として遺跡平原が選定されたのは別の事情があった。
 一つ目はティガレックスが目撃されたのが、人の住む集落に近いところだったため。
 更に、この時期は繁殖のためにリオレウスが遺跡平原に飛来してきており、卵を狙う不届きモノに対して非常に攻撃的だった。二つ目の理由は火竜のつがいを必要以上に刺激させないためである。
 ロビンは耳を澄ませた。明らかに人間の足音ではない足音が聞こえた。平原のベースキャンプ側の方面に、ガーグァやアプトノス、もう少し下ればケルビを見ることができる。ということは獲物を求めてこの近辺にいるといったところだろうか。そっと移動しながら、風上の方へ進む。すると、どこからともなくアプトノスの興奮した鳴き声が聞こえてきた。前方からアプトノスの群れ、更に同じ方向からケルビがやってくる。
「マジかよ、すぐ近くにティガレックスがいるのか?」
 猟虫は呼応するように顎をがちがちと鳴らした。
 周囲を見ても、漣立つ月色の草原と、暗色に沈んだ朽ちた遺跡がいくつもあるだけのように見えた。
 彼らの進む方向をしばらく逆走する。代り映えしない風景が続いていたが、やがて大きな影が倒れているのが見えた。さらに接近するとそれがアプトノスのようだった。全身が月明かりに照らされてぬらぬらと濡れ光り、微かに四肢をプルプルと震わせていた。
 アプトノスの首から上は叩き潰され、原形を留めていない。併せて背後から襲われたのか大きな噛みちぎられた痕があり、更に砕けた背骨が飛び出ている。
 ぐちゃぐちゃという湿った音。
 腹部に顔を突っ込み、内蔵を骨ごと食んでいる轟竜が発した音だった。ようやく食事にありつけたのだろう。食べることに夢中で、こちらが近づいていることに気が付いていないようだった。
 風と草の鳴る音と轟竜の咀嚼音だけ。
 後は他に音がしなかった。
 当然、好機は逃すつもりはなかった。ロビンは操虫棍を構えて、猟虫に指示を出した。猟虫は流れ星のように飛び出すと、ティガレックスの首に食いついた。猟虫の顎は飛竜の甲殻を易々と貫通する。噛みつかれたティガレックスは弾かれたように、血しぶきと肉片をまき散らしながら後退した。
 顔は血に塗れ、口からだらりと腸がぶら下がっている。顔の傷は一致している。昼間に交戦した個体と同一個体だ。轟竜は取りついた猟虫を振り払おうと転がる。ロビンは猟虫を戻した。
 ようやく虫が離れたティガレックスの眼がこちらを見た。食事を邪魔されたからか、ひどく興奮している。全身がみるみる赤く染まっていった。
「飯の邪魔をして悪かったな」
 飛び掛かるティガレックスの動きを読んで、ロビンは回避するようにまっすぐ走る。猟虫が持ってきたエキスを飲みながら、坂を一気に駆けのぼる。そして登り切った先で操虫棍の先端に猟虫を取り付けた。
 ティガレックスはエッジの効いたターンで振り返ると、すぐに四つん這いで迫ってきた。
 ロビンは操虫棍を振り回すようにして猟虫を思いきり投げ飛ばした。ロビンは坂を駆け降りると、操虫棍を支点に飛び上がった。凄まじい回転で猟虫はティガレックスの顔面目掛けてぶつかる。顔面に剛速球をぶち当てられ、さすがにティガレックスは頭を反らして怯んだ。更に宙を飛んでいたロビンがティガレックスの喉元目掛けて、刺突するように操虫棍を叩きつけようとした。
 だが、ティガレックスは体を捻ってスピンして、ロビンの攻撃をねじ伏せた。
「……っ!」
 操虫棍がスピンの勢いに負ける。ロビンは操虫棍を思わず手放していた。地面に倒れこんだロビンはすぐに操虫棍を手にしようとしたが、ティガレックスはすぐそばにあった赤い塊――遺跡の一部を勢いよく飛ばしてきた。転がって回避しようとしたが、避けきれず足に当たっていた。
「くそっ……!」
 いくら防具に身を守られていようが、ダメージは受けてしまう。
 ティガレックスは小さい獲物を捕らえようと襲い掛かってきた。
 不意に風の音に混ざって発砲音。共に弾丸がティガレックスの横っ面を穿った。新たな闖入者に、轟竜が一瞬だけ動きを止めた。ロビンは足の痛みを無視して、操虫棍を回収してティガレックスから距離を取った。そして弾が飛んできた方向を見る。
 そこには瓦礫の山の上に立つカイトが、月影に照らされてヘビィボウガンを構えていた。
「やっぱりここに居たんですね! ティガレックス!」
「遅いんだよ、来るのがよ!」
 ロビンは毒づきながら、手招きするカイトのところに駆け出した。ティガレックスがこちらに向かって走り出す。
「走れますか?」
「あぁ」
「じゃあ、この先にシビレ罠を仕掛けたので、そこまで頑張ってください!」
 全身を赤く染めたままティガレックスはバタバタと音をたてて二人を追う。
「なぁ、カイト。先に言っておくことがあるんだけどさ」
 シビレ罠は茂みに隠れるようにして仕掛けられていた。茂みに飛び込むようにして、二人はティガレックスが突っ込んでくるのを待った。念のため生肉をすぐ傍に置いておいた。
「はい」
「ハンターズギルドに撤退の連絡入れといた」
 ティガレックスが茂みに飛び込んできた。物陰に潜む獲物を食らいつこうと、大口を開けて――体をのけぞらせた。電流がほとばしり、轟竜は悲鳴を上げて痙攣していた。
「えぇっ、何でですか!」
 カイトはボウガンにLv2通常弾を装填して、ティガレックスの頭部を撃つ。ロビンはティガレックスの後ろ脚目掛けて、操虫棍を叩きつけた。
「お前、あの黒い奴のこともう忘れたのかよ。まさかアイツまで狩る気か?」
「あ……」
 弾倉の弾を全て撃ち尽くし、カイトは咳をしながらリロードした。
「あのぉ、せめてティガレックスだけは……」
「……」
「タイムリミットは……?」
 ロビンは操虫棍の先端を地面に叩くようにして、飛び上がった。
「あの月が真上になるまでだよ」
「了解です!」
 罠の電流が弱まり、ティガレックスは罠を叩き壊した。と、同時にロビンがティガレックスにしがみついた。
 カイトがティガレックスに“Lv2毒弾”を四発撃った。ティガレックスの全身にあっという間に毒が回る。ティガレックスは多量の唾液を流し、もがくように四肢をばたつかせた。ロビンは剥ぎ取りナイフを逆手に持ち、轟竜の背中に突き刺した。めった刺しのごとく、ナイフで背中を何度も攻撃する。ちらりとカイトを見ると、ボウガンに弾を装填しながら苦しそうな顔で咳をしていた。
 やはり……、とロビンは舌打ちした。カイトはゴア・マガラの鱗粉を吸ってしまったようだ。
「カイト! やっぱりベースキャンプ行ってろ!」
「えっ!?」
 心底驚いた顔でカイトはロビンを見た。
「どうして俺だけ……」
「いいから行け! グダグダ言ってると、アオジに言いつけるからな!」
 目を吊り上げロビンは怒ったように叫んだ。
「……っ、あ、え……それはちょっとご勘弁ください……」
 ティガレックスがばたりと倒れこむ。カイトは恨めしそうな顔で、しかし「アオジに言いつける」が効いたせいか、ボウガンを背負うと大人しくベースキャンプに向かっていった。ティガレックスは毒と背中に受けたダメージで喘いでいる。
 とにかくティガレックスだけでも狩らなければ、と思った時、再び黒蝕竜――ゴア・マガラが月をバックにして飛来した。

 カイトの眼前に、再びあの黒い竜が姿を現した。地面にドスンと降り立つと、黒い靄をまとい、ゆっくりとこちらに近づいてきた。明滅する紫色の光は煌々とした輝きを増しているように見えた。
「今度は何しに来たんだよ……」
 ロビンがティガレックスに注意を払いながら忌々しげに言う。足が止まっているカイトに、「いいから早くいけ」とロビンが顎でベースキャンプのある方を指した。カイトは困惑の眼差しでロビンを見た。
「いくらなんでも無謀ですよ……?」
 じりじりと詰めてくる黒い竜。背後の轟竜。
 ティガレックスが立ち上がり、新たな敵を見据えた。ロビンがそろそろとカイトの傍までやってくると、カイトの腕をつかんで走った。そして遺跡の物陰に隠れさせた。
「いいか、話をよく聞けよ」
「……はい」
 ロビンは睨むあう二体のモンスターを見ながら口を開く。
「あの黒いヤツはゴア・マガラと呼ばれるモンスターだ。別名・黒蝕竜とも呼ばれている。最近、公に発表されたばかりの奴で、今のところ上位のハンターより、さらに上のハンターにしか狩猟が解禁されていない」
「……! いわゆるG級ハンターだけですか?」
「力が未知数ということもあるけどな、あれは古龍の幼体ということも考慮されている」
 カイトは思わず息をのんだ。古龍とはクシャルダオラやテオ・テスカトルを始め、いるだけで生態系に影響を及ぼすモンスターの総称だ。確かに飛竜種とは明らかに違う骨格であるが、古龍の幼体とは一体……カイトは茫然とゴア・マガラを見やった。
 ティガレックスがゴア・マガラに果敢にもとびかかり、首に牙を突き立てた。ゴア・マガラは衝撃で膝を折ったが、脚翼でティガレックスを掴み、引きはがそうとしている。
「詳しい生態についてはまだ調査中らしいが、わかっているのは奴の鱗粉……あの黒い靄みたいなやつが分かるだろう?」
 カイトは恐る恐る頷いた。
「奴は目が見えない。鱗粉を利用して獲物の動きを知覚する。それと――……あの鱗粉を吸った生物はもれなく変調をきたすんだ。カイト、さっきから咳してるだろう」
 ロビンはポーチからウチケシの実を「食え」と言いながら手渡した。カイトはウチケシの実を受け取って口にした。
「人間にも一応影響が出る。……だけど、問題はモンスターがあの鱗粉を吸った時だ」
 動悸が止まらない。
 ティガレックスが地面に叩きつけられる。だが、前脚でゴア・マガラの顎を殴りつけ、怯んだゴア・マガラの喉元に食らいついた。
「狂竜症……文字通り、狂った竜と化す。俺達では到底手におえないくらいに凶暴化するぜ」
 ロビンはなぜそんなことまで知っているのだろうか。
「昼間、ロビンさんがティガレックスをこやし玉で退けたのは……」
「鱗粉を吸わせないためだよ。けど、ティガレックスにも鱗粉の影響が出るだろうよ……あきらめろ」
 カイトはこれ以上何も言えなかった。うなだれた様子のカイトに、ロビンは何も言わなかった。
「リオレウスたちに影響が出ていたらどうしよう……」
「リオレウス? やっぱり巣に連れていかれていたのか?」
「はい……」
 不意にロビンが物陰からそっと顔を出し、舌打ちした。
 カイトもつられて、そっと二体の竜たちの様子を伺った。
「ゴア・マガラの様子がおかしいですよ……!」
 ゴア・マガラは不気味な咆哮を延々とあげていた。さすがのティガレックスも目の前の敵の奇行に後ずさりしている。鱗粉が濃く巻き上がり、ゴア・マガラを覆った。月を覆い隠すほどの黒い鱗粉の嵐の中で、紫色が線を描いていた。風が靄を振り払うように強く吹く。わずかに、ゴア・マガラの姿が見えた。
「狂竜化かよっ!」
「……え?」
 脚翼を万歳するように大きく広げ、そして頭部に大きな変化が見られた。二対の角が生えてきたのだ。角の先端は異様に明るい紫色で、非常に毒々しい。
 ゴア・マガラにティガレックスは岩を思いきり飛ばした。巨大な塊が来ること予測していたのか、脚翼を振り払い岩石を打ち返した。ティガレックスは岩をかいくぐり、大きく息を吸い大咆哮をあげた。周囲の空気がびりびりと震え、ゴア・マガラもたじろいだ。轟竜は小さく叫ぶと、ばねのように身を屈めて飛び掛かった。
 あの凶悪な噛みつきはゴア・マガラの角を捉えた。黒蝕竜は絶叫を上げた。今にも噛み千切られそうなところで、轟竜の頭に脚翼を思いきり振り下ろした。脳震盪を起こしたティガレックスが角から口を離した。そして倒れこんだティガレックスの首に手をかけ――砕けるような音が響く。轟竜はピクリとも動かなくなってしまった。

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