Intruder - 前編 2/2
上空から轟きが聞こえてきた。体をよじってどうにか鳴き声の主を見る。靄に混ざって輪郭がひどくあいまいだが、よく見ると四肢と翼と尾が見えた。
(あれは生物……なのか……? でも、あんなの見たことなんかない……)
「行くぞ、カイト!」
「今度は何ですかぁ!」
ロビンに腕を引っ張られ、思わずカイトは叫ぶが、彼の顔を見て口をつぐんだ。ティガレックスが逃走した方向とは逆、ベースキャンプのあるエリアへ走る。すると黒い靄に覆われた竜と思しき生物は退路を断つように二人の前に立ちはだかった。
すべての光を吸収しているといっても過言ではないほど真っ黒な外殻に覆われ、翼膜は外套のように風に煽られ、はためいていた。翼膜の内側はまるで無数もの紫の明滅――夜空に輝く星々のようだった。周囲をとりまく黒い靄のようなものは拡散しては収束を繰り返すかのような動きをしていた。
前脚と後脚とは別に、その生物の肩の辺りから大きな腕のような翼が生えている。一般的な飛竜種、それこそ今さっきまで交戦していたティガレックスや、飛竜種の代表リオレウスとは骨格が明らかに違う。強いて言うなら――クシャルダオラやテオ・テスカトルといった龍のような体のつくりに近い。
しかし頭には角はなく、また眼らしいものも見当たらない。
黒い靄がカイトたちを取り巻いている。
「カイトは先にキャンプに行ってろ」
Lv2通常弾を装填していたカイトをロビンが制する。
「……っ、ロビンさんは……?」
「あいつの気を引いてから行く」
カイトは釈然としない顔だったが、正体の知れないモンスターの対処を知らないこともあって、ロビンの言うことに従った。
この跳狗竜装備のハンターは、カイトの知らないことをよく知っているのだ。カイトはヘビィボウガンを畳んで、背負うとベースキャンプに向かおうと走った。
ロビンが操虫棍を振り回すと、銀色の猟虫――オスパーダドゥーレは靄を切り裂くように飛行し、竜の顔に取りついた。竜は顔に取り付かれたにもかかわらず、こちらに向かって走り出した。ロビンは舌打ちして、竜にとびかかるようにして袈裟切り、続けて薙ぎ払った。刈られた枯れ草と鱗の破片が風に舞い散る。
竜はロビンの動きを読んでいたのか、急に方向転換した。更に攻撃を加えようとしていたところで標的を見失い、操虫棍の刃を地面に深々と突き刺さった。ロビンの両腕がしびれるほどの衝撃だった。
カイトは思わず足を止めてしまっていた。
「くっ……!」
竜は尾をしならせ、鞭のようにロビンに打ちつける。が、ロビンは武器を放棄して、地面に転がり込むようにして避けた。
ロビンが地面から白い操虫棍を引っ張り出すと「早くいけ」と、カイトに合図した。そして、操虫棍を支えにして大きく跳びあがる。カイトは頷くと、後はロビンに任せて走り出そうとした。
「……あぐ……!?」
が、背中を思いきり小突かれて転倒した瞬間、不意に天地がひっくり返った。すぐにどんな状況に置かれているか把握できなかった。
「カイト!」
ロビンがこちらを見上げて叫んでいる。そこで自分が竜に掴まれていることに気が付いた。翼はもう一対の腕として機能しているようで、人間を捕捉することなど造作も無いようだった。翼のリーチが想定より長かったこと、そもそも翼を腕の様に扱えることなど夢にも思わなかった。握力も強く、締め付けられる苦痛にカイトはうめき声を上げるしかなかった。上半身を掴まれ、身動きが取れない。せいぜい足をばたつかせることができるだけだ。
竜はカイトを捕らえたまま、後退してロビンから距離を取った。
そして大きく息を吸うと、不気味な光を放つ弾状のブレスを発射した。更に、角度を変えて二発吐いた。ロビンは放射状に発射されたブレスの動きを見て、竜に詰め寄る。操虫棍を振り回しながら、銀の猟虫を呼び寄せた。猟虫は竜から離れると螺旋を描くようにして、ロビンのところへ向かった。竜は靄をかき乱す猟虫を掴もうと、空いている方の翼を前に突き出した。
猟虫はロビンのところに無事に戻って背中に留まった。
「片腕は野郎で、もう片方は虫かよ。趣味が悪いぜ」
「……うぅ」
ロビンは猟虫が回収したエキスの接種を少しだけためらったが、結局飲んだ。
そして竜の懐に潜り込むと、後ろ脚を狙って刺突、叩きつけ攻撃に繋げる。黒い靄に混ざって赤い血しぶきが上がる。竜は黒い吐息を吐きだした。ロビンの攻撃を避けるようにジグザグに動くと、反動をつけてまた尾を鞭のように叩きつけてきた。ロビンは跳躍して攻撃を回避すると、竜を蹴りつけた。蹴った反動で跳ぶと、操虫棍を利用して更に舞い上がった。
背中を取られた竜は、狩人が刃を背中に突き立てることを許してしまっていた。狩人――ロビンが血に塗れるのと同時に、黒き竜は此の世のものとは思えないおぞましい叫喚をあげた。それと同時に黒い靄はより一層濃くなり、外套の内側の紫は煌々と輝きを増していた。
ロビンは竜の背中から素早く操虫棍を抜くと、背中から翼まで移動してカイトを捕えている腕目掛けて操虫棍を振り下ろした。
その様は大きな鎌を構えた死神と呼ばれる想像上の存在のようだった。
腕に刃が食い込むと竜は、ロビンを振り払おうとカイトを掴んだまま脚翼を振り回した。カイトはめまぐるしく変わる視界の中でロビンが振り落とされるのを見ているしかなかった。
それでもロビンは操虫棍を抱えて竜に食らいつく。すると竜は天を仰ぎ見た。そして咆哮をあげると、両翼を広げて飛び上がった。
地面に投げ落とされてから、カイトはその場から動けなかった。
――あの黒い竜に連れ去られたカイトは、非常に危険な場所に放り込まれていた。
場所は飛竜の巣。
数頭のジャギィらも身を隠している。
飛竜の巣は遺跡平原の天辺にあり岩壁に囲まれている。そして更に岩壁を囲むように生える背の低い木々は葉を一枚もつけていない。巣へは四方から侵入すること自体は可能であるが、東側と西側は切り立った崖となっており、更に東側に至っては一方通行となっている。ここでモンスターと交戦となった場合は立ち回りに注意が必要だった。
柔らかそうな土に囲まれた巣の真ん中に、大きい卵がいくつか鎮座していた。ハンターがなんとか一人で運ぶことができる大きさと重量である。
ジャギィはくるくると首を動かしながら、少しずつ巣に接近していた。カイトはそっと空を見た。巣の異変に気が付いた飛竜の影が見える。
(やっぱりバレてるな……)
あれはリオレウスだろう。徐々に高度を下げてやってくる飛竜の翼膜と腹部には、あの特徴的な黒い模様があった。火竜は威嚇の咆哮をあげる。が、巣の侵入者達はそれも出て行かない。リオレウスは火球をジャギィ目掛けて撃った。ジャギィは跳ねて火球を避けると、背を低くしてその場を撤退しようとしていた。
すると急降下して、一頭のジャギィを鷲掴みにした。別称が火竜というだけあって、火球ブレスを武器としている。また脚の膂力は強く、更に爪には毒が仕込まれている。火傷と毒で命を落とすハンターは意外にも多い。
掴まれたジャギィは暴れるが、リオレウスはものともせず、巣の外へジャギィを放り出した。
足元を見ると雌火竜ことリオレイアの体毛をみつけた。
リオレウスがついに地面に降り立つ。目が覚めるような鮮やかな真紅の甲殻と大きな翼。カイトの装備している防具は、この同種からはぎ取れる素材を用いて作られていた。
リオレウスは未だに残っているジャギィたちを本格的に排除しようと走り出した。その隙にカイトは火竜に背を向けて巣から出ようとした。ところが前方から微かに振動を感じた。この状況からして“妻”であるリオレイアが巣に戻ってきた――ということが容易に想像できた。
このまま先に進んでもリオレイアと鉢合わせ、運が悪ければ火竜と雌火竜の両方に追いかけまわされるだろう。カイトは東の方向を見た。その先は遺跡平原の最奥地となっており、木々が無造作に生え、赤い岩が乱立した非常に入り組んだ空間となっていた。そのエリアでティガレックスが休息をとっていたという目撃情報もある。
だが、ティガレックスはもともと本来のターゲットだ。出くわしたところで問題ない。――多分。
カイトはこちらに近づいてきている足音に注意を払いながら、そっと巣の脇に沿って東側に移動した。一方、リオレウスは侵入者たちを火球で脅して、巣から排除している。火竜の意識がこちらに向かわないうちに速やかに移動しよう――もう少しのところで、死角から大きな影がぬっと現れた。
黄金の眼、美しい緑色の甲殻、翼の上部には大きな目玉のような模様が見える。強靭な脚で大地を駆け抜ける陸の女王・リオレイアだった。まだリオレイアはこちらに気が付いていない。
一方、“夫”であるリオレウスがジャギィたちを追い払って戻ってきていた。はるか上空に居ても獲物を捕捉できる青い両眼が、リオレイアを視認し……やや遅れて、巣の隅っこに居る人間の存在を捉えた。
膨れ上がる殺気。
その殺気がリオレイアにも伝番していた。
「す……すみません。お邪魔するつもりはなかったんですぅ……!」
カイトはすぐに走った。できればこの火竜たちを刺激せずにこの場を離れたかったが、この場合は運が悪かったとしか言いようがない。モンスター相手に黒い竜に掴まれて来させられたなんて……言い訳が通用するわけがない。三者にらみ合うような形となったが、口火を切ったのはリオレイアだった。
陸の女王とは言え、リオレイアも空を飛ぶことはできる。飛び上がると風圧を発生させ、こちらに接近してきた。カイトは風圧に押されてすぐに行動できなかったもの、一旦着地したリオレイアがわずかに後退したのを見た。次の相手の攻撃を読んで転がりながら回避する。
「……げっ!?」
火球がこちらに迫り来ていた。すぐに地面に伏せて火球をやり過ごした。熱が黄褐色の髪を焦がしていた。火球はまっすぐ飛んでいき、すぐに木に燃え移る。リオレウスの口から細い煙が上がっていた。背後で木が折れる大きな音がした。ミシミシと音をたてて落ちていく。わざわざ見なくても、リオレイアが宙返りする勢いを利用して木を、尾で叩き折ったと分かっていた。
東の方角へ、カイトは立ち上がって走る。
カイトを追う空の王者と陸の女王。
下を見れば岩場が入り組んでいる。カイトはすぐ下にある岩場に飛び降りた。
リオレウスはこちらを見下ろしているだけで、これ以上追跡するつもりはないようだ。威嚇に留めている。リオレイアは目をぎらぎらと光らせてカイトを睨んでいた。
「あ、お邪魔しましたー……」
岩場をさらに下ろうとすると、リオレイアが胸を反らしバインドボイスを上げた。
(ひぃー、すごく怒ってる!)
雌火竜が翼をはばたかせて迫り来た。カイトは反対側の岩場に飛び移る。ただ、ロビンのようなスマートなジャンプではなく、縁になんとかしがみつくような恰好だった。リオレイアの動きに気をつけながら、足場を確認したカイトは手を離した。少し高さはあるが、防具の頑丈さも手伝って、怪我無く降り立つことができた。
上を見るとリオレイアはじっとこちらを覗き込むように見ていた。まだ瞳の奥は怒りに満ちていたが、しばらくするとこちらに背を向けて巣へ戻っていった。カイトは、ほっと胸をなでおろしていた。
特にこの時期――繁殖期のリオレイアは非常に凶暴で、異変には敏感だった。その上、ティガレックスと謎の竜が平然と縄張りを侵犯しているのだ。
早くこの場から離れるべきだ。
――なんとか下まで降り立ったカイトはすっかりスタミナを消耗していた。崖の合間から空はやや金色に染まっているのが見えた。一息入れようとポーチに入れていた元気ドリンコを口にした。ハチミツ独特の甘味と、口の中で爆ぜるニトロダケの刺激にカイトは眉をひそめた。……ということはロビンに渡した元気ドリンコは、トウガラシと眠魚を調合したものとなる。
あの時ロビンは何も言わず飲んでいたが、彼は不味いものは好まない。
「あぁー、絶対後で言われる……」
狩りが無事に終わったら謝っておこう、そう決めたカイトは歩を進めた。
ようやく遺跡平原の最奥部に到着したカイトは、日没にならないうちにティガレックスの痕跡を探したが見つけられなかった。ペイントの臭いも感じられない。
この付近にはいない、ということは獲物を探している可能性が高い。
一度ベースキャンプに戻ろうとしたカイトは咳を一つした。