Intruder - 前編 1/2

 遺跡平原――特に奥のエリアは、起伏が激しく少々狩りをしづらい場所だった。
 フィールドのあちこちで散見される大小の赤い岩は、かつては何かの建造物のようであったが、今では原型をとどめていない。
 大鎌のような形状の白い操虫棍を抱えたハンターは、その柱のようにそびえたつ大きな赤い岩に身を隠していた。上を見上げれば、いくつもの巨大な樹木と、燃えるような赤い葉をつけた木々がこちらを見下ろしていた。何気なく自身の着こんでいる防具を見る。ドスマッカォと呼ばれる、中型の鳥竜種の素材で作成された緑色の装備だ。
 ちきちき……という音が耳をくすぐる。肩まで足を掛けた銀色の大きな虫が、長い二対の触角をゆらゆらと揺らしていた。この虫は猟虫と呼ばれ、操虫棍を用いて彼らに指示を出すことができる。
 猟虫は更にちきちきと音をたてて、主であるハンターに警告を出していた。
 耳を澄ませると、微かにだが音がした。足音が少しずつこちらへ近づいてきている。
 腰を上げて、足音がやってくる方向を探る。徐々に足音の主の吐息も聞こえてくるようになってきた。大分近い。がさがさと枯れた低木を揺らし、へし折るような音も聞こえる。
「……」
 反対側――前方から重い足音がしてきた。大きな影が、岩と茂みの隙間から見えてきた。障害物のせいで目測は難しいが、少なく見積もっても体高は3メートルあるだろう。
 その鋭い双眸は獲物を探してぎらぎらと光っている。
 茂みから姿を現す。太く大きな爪を地面に叩きつけるように置いた。全身を覆う鱗と甲殻は鈍い青と燈色のコントラストの縞模様だ。胸元はあばら骨が浮いていた。
 大きな顎の隙間から鋭い歯がずらりと並んでいるのが僅かに見えた。
 四つん這いでの姿勢で、ゆっくりと辺りを見回していたが、上半身を水平に起こし、二足歩行で悠然と歩きだす。
 別名・轟竜とも呼ばれる飛竜種のモンスターこと、ティガレックスだ。
 ディガレックスはこちらに背を向け、餌を求めてこの場から去ろうとしていた。
 操虫棍使いのハンターは、操虫棍を思い切り振った。指示を出された猟虫は勢いよく体を回転させながらティガレックスの長い尾に取りついた。
 突然、尾に取りついてきた異物に、ティガレックスは瞬時に振り返る。轟竜の目線の先には人間が一人。ティガレックスは大きく後退すると、鼻から息を吸った。地面をたたくように両前脚を置き、四つん這いの態勢を取った。更に大きく息を吸いながら首を反らすと、大きな咆哮をあげた。
 ハンターはとっさに耳をふさいだ。
 周辺に潜んでいた小型モンスターたちが一斉に走り出し、赤い葉がはらはらと落ちていくのが横眼に見えた。ティガレックスのすぐ傍にいたブナハブラが、“ダメージを受けて”地面に落ちていた。
 ティガレックスは吠えながら、此方へ突進してきた。ハンターは猟虫を呼び寄せると、走り出す。当然ティガレックスもハンターたちを追う。背後に轟竜の激しい息遣いを聞きながら逃走を図るハンターは、猟虫が回収してきたエキスを飲んだ。猟虫はすぐに主の右腕にとまった。
 足元は非常に不安定で、時折転倒しそうになりながらも、なんとかティガレックスの追いかけてくるスピードに負けずに走り続けていた。
 いくつもの高い段差を飛び降り、ティガレックスとは距離を保ちながらひた走る。
 砕かれた赤い岩の塊が背後から飛んできた。轟竜は爪と牙による直接攻撃だけではなく、飛び道具も使いこなす。ハンターは身を翻し、岩の直撃を避けた。岩は目の前の朽ちた遺跡に当たり、壁に穴をあけた。
 ハンターは壁の穴をよじ登り、遺跡の中に潜り込むと、床に空いた穴から降りた。入り組む道なき道は足を滑らせたら、怪我では済まないような高いところだった。ハンターを追うティガレックスは、頭を思いきり遺跡の壁にぶつけた。が、ひるむことなく遺跡の壁を打ち崩す。ハンターに食らいつこうと床の穴から、頭を出すティガレックス。思わず「まじかよ」と呟いた。
 不意に道が途切れる。おおよそ5メートルの高さか。
 ハンターは舌打ちをしたが、躊躇している場合ではなかった。思い切って飛び降りた。転がりながら地面につくと、追いついたティガレックスが先ほどの段差から、唸り声をあげながらこちらを見下ろしていた。とっさに段差側に転がった。ティガレックスは地面を殴るようにして、飛び込んできた。さらに獲物を噛み千切るように、前方を激しくかみついてきた。が、ハンターがいないことは既に承知済みであったらしく、地面をえぐるように勢いよく方向転換するとすぐに迫り来た。
 ハンターは横手の茂みに逃れる。茂みの先は断崖絶壁というほどではないが、急斜面となっている。だが、なりふり構っていられなかった。斜面を滑るように下ると、ティガレックスが上半身だけ突っ込んで咆哮していた。だが、このティガレックス、空腹なのか執念深く追いかけてくる。不意に猟虫が腕から離れていた。
 ようやく斜面のふもとに降り立つが、今度は本物の断崖絶壁だった。下を見れば奈落の底のように、何も見えない。向こう側の崖までは頑張れば、届かない距離というわけではないだろう。ティガレックスの吠え声と、枝木が折れる音がすぐに迫ってきている。
 猟虫が羽音をたてて戻ってきた。どうやらエキスを採取してきたようだ。
 エキスを一気に飲み干すと、助走をつけ反対側の崖目掛けて跳んだ。何とか反対の崖に飛びつき、よじ登った。初めて肩で息をしながら汗をぬぐった。
 振り返るとティガレックスがこちら目掛けて飛んできていた。
「くそっ……!」
 ティガレックスは崖に激突したものの、滑り落ちることはなく、その大きな爪を使って登ってきた。
 目標地点まであと少し。
 さっきとは打って変わって、ハンターは息を切らしながらさらに走った。
 乾いた空気が頬を撫でる。次第に周囲の景色が変わり、枯れ色の草地が目立ち始めた。
 目線を上げると、遥か遠くに広がる金色の平原が見えてきた。遠目から見ても、風で波立っているのがよく分かる。連なる山々と、目の覚めるような青空とのコントラストは美しいものだ。遺跡平原の特にベースキャンプの手前側は非常に風光明媚な場所で、危険を冒してでもこの風景を見に行きたがる者は少なくない。
 ――が、今はその風景をゆっくり眺めている場合ではない。
 ハンターは猟虫を前方に飛ばした。猟虫の流星のように弧を描いて飛んだ。
 ティガレックスがバタバタと追いかけてくる音が聞こえる。やはりモンスターのスタミナは人間のものと比較にならない。
 前方に赤い岩の群が見えてきた。
 その上に人影が見える。
 徐々に距離を縮め、迫りくるティガレックス。姿を見なくても轟竜の立てる音で分かる。
 すでに脚も息も限界だが、倒れたら即ティガレックスの爪と牙の餌食だ。
「目を閉じてください!」
 上から降ってきた声にハンターは、倒れこみながら素直に腕で目を覆った。直後、辺りをジンオウガの雷撃と同じくらいの閃光が炸裂したのが分かった。轟竜が突然の光に一時的に視力を失い、倒れていた。
 ハンターは操虫棍を支えにしながら立ち上がった。
「……っ」
 猟虫が包みを抱えてやってきた。包みを受け取り見上げると、岩の上に立つ背の高いレウス装備のガンナーが手でサインを出していたが、彼はすぐにヘビィボウガンを構えた。このガンナーは砂漠の町で産まれ、育ちは海に浮かぶ村だった。構えているヘビィボウガンは海の民の村の工房で設計・製造されたものだという。
 ハンターは猟虫と共に岩陰に身を寄せて、包みから元気ドリンコを取り出した。スタミナを消耗していることを見越してよこしてきたのだろう。猟虫は休憩のつもりか、ハンターの羽織っているマントのフードにすっぽりと収まった。
 ガンナーは弾を装填すると、轟竜を狙って数発発砲していた。弾は轟竜の頭部にかけて背中まで跳んでいった。ハンターは元気ドリンコを一気に呷る。……うわ、クソ不味い。トウガラシの刺激的な辛みと、魚の生臭さが鼻に突いた。
 ティガレックスの様子を伺うと、視力が回復した轟竜がこちらを睨みつけた。どすんと重い音をたてて後退すると、ティガレックスは大咆哮をあげた。
 あまりにも大きいこの声量は轟竜の武器と言っても差し支えはなく、ガンナーも思わず顔をしかめて膝をついた。彼の立つ岩場が微かに振動している。
「カイト、大丈夫か?」
 カイトと呼ばれたガンナーは榛色の目だけでこちらを見た。
「俺は大丈夫ですよ。ティガレックス、とても怒っているので、ロビンさんはもう少し休んでてください」
 ロビンと呼ばれた操虫棍使いのハンターは頷いた。
 カイトの言う通り、ティガレックスは怒りで全身が赤く染まっていた。カイトは別の弾を装填してティガレックスの頭に命中させた。カイトはロビンと違って、狩りを通して鍛え抜かれた体をしている。そのため平然と重量のあるボウガンを構えていられた。
 そして岩場から飛び降りると、すぐに距離を取るために転がるようにして移動した。そしてティガレックスの様子を注意深く見ながら、岩場からもっと広い場所へ誘導するようにボウガンを背負うと走り出した。
「……あいつ大丈夫かよ……」
 ヘビィボウガンの発砲時の反動は、いくらカイトとは言え持ち前の身体能力だけでは耐えられない。そのため反動を軽減するためカイトの着こんでいる防具は非常に重かった。逆に言えば素早い回避とスタミナの維持が難しい。
 ティガレックスは先ほど以上のスピードでカイトに迫り来た。すると、ティガレックスは地面に下半身を沈めていた。落とし穴から脱出しようともがいている。ロビンがティガレックスをこちらに誘導するまでの間、カイトは落とし穴を仕掛けていたようだった。
 ロビンは思わず飛び出す。カイトが弾を装填しながら「もう少し待て」と、サインを出した。そしてティガレックスの顔面に弾を二発撃ち込んだ。更に二発当てると、怒りで幾分か“柔らかくなっていた”ティガレックスの頭の外殻を一部砕いた。カイトが「もう少しです!」と合図を出した。
 ティガレックスは落とし穴から脱出するとカイトに向かって走り出した。だが、動きは非常に緩慢で足元はおぼつかなく、再び転倒した。カイトが弾を更に二発撃つと、ティガレックスの動きはばったりと止まった。
 カイトはボウガンを携えて距離を取りだした。
 ロビンが急いで駆け寄ると、操虫棍の刃をティガレックスの背中に当てるも、弾かれてしまい、あまり刃は通らないようだった。ロビンはティガレックスが立ち上がる前に、高く跳んだ。ロビンはティガレックスの首に操虫棍を叩きつけるように当てると、背中の上に降り立った。
 ティガレックスは顔面に撃たれた“減気弾”の影響でひどく疲労しているようだった。自身の上に乗る人間を振り払う余力も無いようで、肩で大きく呼吸を繰り返している。ロビンはそのまま攻撃を加えようと操虫棍を構えた。

 ロビンが暴れるティガレックスの背中に必死に取りついていた。
 あまりにも暴れまわるため、被っていた帽子についている大ぶりの飾り羽は、風にあおられる旗のように激しく揺れている。色白の面を真っ赤に染め、歯を食いしばっている。ティガレックスは縦横無尽に転げ回るが、これでもまだおとなしい方だった。
 ティガレックスからダウンを取ったらロビンが頭部、カイトが後ろ脚を攻撃する手はずとなっている。轟竜の位置を見ながら、カイトは少しずつ立ち位置を変えていた。ロビンの翠色の目と目が合う。
 カイトは頷いて見せると、“Lv2毒弾”を装填してヘビィボウガンを構えた。二発毒弾を撃ち込み、更に撃とうとリロードする。
「……っ!?」
 聞き覚えのない咆哮が確かに聞こえた。
 しかし辺りを見回しても、咆哮の主らしき姿を確認できない。すると急に周囲が薄暗くなった。ロビンが転倒したティガレックスから転がり落ちていた。そしてロビンも周囲の異変に目を見開いていた。
 二人は、もがくティガレックスをよそに空を凝視していた。
 視線の先で得体のしれない黒い塊が宙に浮かび、自身の周りに漆黒の靄のようなものをまき散らしていた。さっきまで燦燦と晴れて明るかった平原は、曇天――いや夜とまではいかないものの薄暗くなっていた。
 攻撃を加えるべきか、否か。カイトは口元をきゅっと引き締めて、ボウガンを構えた。
 その時こちらに駆け寄ったロビンが不意にカイトの後頭部を抑えつけた。
「えっ! あ! ちょっ!」
「姿勢を低くして息を止めろ!」
 ロビンが急に怒鳴りつけるようにして、カイトを力ずくで抑え込んだ。
「な、なんでですか!?」
「うるせぇ!」
 訳も分からず、しかしロビンの気迫に押され、地面に伏せたカイトは、鼻と口を手で覆った。起き上がったティガレックスを見たロビンは、ペイントボールとこやし玉を投げつける。顔面に激臭を放つこやし玉を投げつけられたティガレックスは、その凶暴な顔に似合わずかわいらしい悲鳴を上げると早々に退散していった。
 肥やし玉の臭いに混じって、ペイントボールの独特のにおいが漂っていた。
 ロビンの行動の意図が読めない、カイトは困惑の顔で地に伏せていた。

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