原生林の魔物 - 後編 2/2
「んニヤアアァァ!! お肉ニャ!! 僕は美味しくないけど、お肉は食べるニャ!」
支離滅裂なことを叫びながら、レッティは大きく開いた恐暴竜の口の中に飛び込むと、袋の中身……シビレ生肉を喉奥に押し込んだ。と同時に恐暴竜の口はパクンと閉じられた。ツグミがイビルジョーの捕食から逃れると、すぐさま剣をイビルジョーの脚に突き立てた。
イビルジョーはぐらりと倒れこむ。何とか立ち上がろうとするも、口に押し込まれたシビレ生肉の効果だろうか。全身を痙攣させて、立ち上がることができない。不意に口が大きく開いた。ボロボロの袋を被ったレッティと袋の中身がポロリと落ちる。
「くらえ!」
ツグミがイビルジョーの胸目掛けて、いくつもの斬撃を浴びせた。アオジもイビルジョーの胴体に矢を撃つ。レッティはよろりと立ち上がると、ふとイビルジョーの口元に、シビレ罠があることに気が付いた。レッティは罠を手にすると、恐暴竜をキッと見た。
「罠を仕掛けるニャ!」
「……! えぇ、お願い!」
恐暴竜がようやく立ち上がりそうなタイミングでレッティは傍に罠を手早く仕掛けた。丁度良いところで、イビルジョーは罠を踏みつける。すぐに罠は動作して、イビルジョーの全身に高圧電流が流れた。咆哮が原生林一帯に響き渡り、鳥影が一斉に飛び立った。
アオジは痙攣する恐暴竜の胸を集中的に狙撃している。怒り状態により、肉質の軟化が見られる胸部から多量の血が流れていた。一方ツグミは脚を狙って攻撃する。
シビレ罠がついに停止して壊れる。恐暴竜はふらついていた。
「転ばせるわ!」
「分かりました」
「ニャ!」
ツグミが剣を大きく振りかぶり、イビルジョーの脚に一太刀を浴びせた。ほぼ瀕死のイビルジョーは衝撃に耐えきれず転倒した。転倒したイビルジョーの身体は跳ね、微かに地面が揺れる。アオジがイビルジョーに押しつぶされる前に回避すると、カウンターのように矢を顔目掛けて撃った。幾つもの矢が傷口に深々と突き刺さる。
更にツグミが、頭に足を掛けて、まるで操虫棍使いのハンターのように高々と跳んだ。そして剣の切っ先を真下にして、恐暴竜の頭に思いきり体重をかけて突き立てた。刀身が皮を貫き、半分埋まった。今まで感じたことのない、嫌な手ごたえがあった。血飛沫が上がり、ツグミの顔を濡らす。
イビルジョーの瞳孔がきゅっと縮んだ。恐暴竜は赤と黒の入り混じった龍気を断続的に吐き出しながら、絞り出すように鳴き声を上げる。そして大顎を限界まで開け、びくりと体を震わせ――動きを止めた。
日がとっぷりと暮れたころ。イビルジョーの狩猟を終えた二人と一匹はベースキャンプへ向かっていた。先ほどの騒音が嘘のように静かだった。ズワロポスの群れがぞろぞろと歩いている姿が見える。
ツグミがいつになく元気がない。狩猟中は何ともなさそうだったが、やはり怪我を負っており、足を引きずっていた。アオジはツグミを支えながら歩いている。更にレッティはツグミの肩に顎を乗せるようにしてしがみついていた。
「アオジ君……あの……」
「はい、何ですか」
アオジはいつもと同じ調子で返答した。
「ごめんなさい……わがまま言って……。レッティもごめんね」
アオジは思わず困惑した表情を浮かべていた。まさか「わがままを言ってごめんなさい」と言われるとは思ってもいなかったからだ。ツグミはレッティを優しく撫でていた。レッティも同じことを思っていたのか目をまん丸くしていた。
「……は……? ツグミさん……? 一体どうしたのですか、突然急に」
「今日、迷惑をいっぱいかけたでしょう? だから二人に謝らないといけないと思って」
何を今更と思ったが、今ここで文句を言う意味はない。
「……。別に私に謝らなくても結構ですよ。今に始まったことではありませんし。無事でいていただけるだけ何よりです。それよりも……」
アオジはレッティを一瞥した。レッティは更に目をまん丸くしていた。
「レッティにお礼は言うべきだと思いますが」
ツグミはレッティを優しいまなざしで見ると頷いた。
「そうね……レッティ、今日はありがとう。レッティがいなかったら、私多分……」
「ニャア、ダンナさんが無事でよかったニャ。また狩りに一緒に行くニャ」
レッティは目を細めて言った。ツグミは、ぱぁっと顔を輝かせた。
「ほんとう? じゃあレッティ、今度はリオレイア亜種を狩りに行きましょ!」
「……せめて原種のリオレイアが良いニャ……」
アオジはツグミとレッティのやり取りを聞きながらため息をついていた。本当に反省しているのか疑問だ。
「あぁ、レッティ。私も謝らないといけないことが……」
ツグミとレッティは目を瞬かせた。
「ニャニャ?」
「ツグミさんがイビルジョーに拘束されているとき、袋を取ってきてほしいと確かにレッティにお願いしましたが、まさかイビルジョーの口の中に入ることは想定していませんでした……結果的に危険な目に遭わせてしまい、すみません」
シビレ生肉を直接食わせるというのは確実だろうが、普通そのような危険なことはしないし、そもそもさせない。
「それと、二人とも……自分のことを棚に上げて言うのも何ですが、頼むから、ああいう無茶な狩りや行動はしないでください」
ツグミとレッティは互いに顔を見合わせて……「ごめんなさい」と言った。アオジは尚も疑いの眼差しで二人を見ていたが、ベースキャンプがある方を向いた。
「反省会はこれでおしまいです。早くベースキャンプに行きましょう」
ツグミとレッティは頷く。ツグミがふと疑問を口にした。
「そう言えばアオジ君。ほんとうはレッティに何をしてほしかったの?」
「罠を仕掛けてもらうつもりでした」
レッティは何も言えず、ツグミは思わず失笑し、アオジは遠慮がちにあくびをした。
「――ということがあったのよ!」
バルバレ集会所の酒場でツグミは唇を尖らせながらそう言った。レッティはツグミの膝の上に座り、ダンナさんを見上げていた。アオジは「何年前の話だ」とぼやいていた。アオジとツグミとレッティは影蜘蛛・ネルスキュラと蒼火竜の狩猟のため、ここバルバレに訪ねていた。ネルスキュラの狩猟はすでに終え、集会所で休息を取った後、蒼火竜の狩猟に向かう予定だった。
酒場は多くのハンターでごった返し、賑わっていた。
向かいに座るレウス装備のガンナーと、マッカォ装備の剣士が顔を見合わせる。銀色の猟虫が椅子の背にしがみつき、剣士が羽織っているマントのフードに潜り込もうとしていた。
「マジかよ」
「マジですか」
「ほんと、ほんと! 後でギルドから分配された報酬に、アオジ君の方に宝玉が来ていたの!」
「……」
ガンナーは目を丸くし、剣士は非難のような目でアオジを見た。アオジは冷たい目で二人を見た。
「無理やり付き合わされる身にもなれ。それくらいの役得はあってもいいだろう」
今度はツグミが抗議する。
「でも、アオジ君、あの時『協力します』って言ったでしょう?」
「……アナタを放って怪我でもされたら、俺がアナタのお兄達さんに怒られるからな」
「……っ」
ぐうの音も出ず、ツグミはふくれっ面になった。アオジがテーブルの上の料理のメニュー表を眺めていると、頬を膨らませたままツグミがメニュー表を覗き込んできた。
「アオジ君、私これ食べたい」
「どうぞ」
ツグミがさしたのは期間限定「シータンジニャ特製、マスターべーグルのスペシャルハンバーガー」だった。ガンナーがメニュー表を見て喉を鳴らしていた。
「……シータンジニャ……、……スペシャルハンバーガー……」
すっかり心奪われているガンナーの様子に、剣士は肘でつつく。
「おい、カイト」
「いや、だって……ロビンさん。これすごくおいしいんですよ?」
「知らねぇよ」
ロビンと呼ばれたマッカォ装備の剣士はしかめ面でメニューを見た。メニューの説明を読むと、シモフリトマトにロイヤルチーズ、モスポークをマスターベーグルでサンドしたスペシャルなハンバーガーとのことだった。値段もスペシャルだ。ロビンは思いきり舌打ちした。
「お前、こんなのばっかり食ってるから金欠なんだろ。燃費悪い癖に」
「そんなしょっちゅう食べてないですぅ」
「食ってんじゃねえかよ」
わちゃわちゃ騒ぐ二人に、アオジは心配そうな顔で尋ねる。
「二人とも資金繰りに苦労しているとは聞いているが、食事はいつもどうしているんだ?」
カイトとロビンは一斉にアオジを見た。二人はとても真剣な表情をしており、アオジは少し面食らった。
「昨日は狩場に行ってアプトノスを狩って、その肉を食べました」
「一昨日は虫食ったな、というか一日中虫を探してたな」
椅子にしがみつく猟虫が抗議するように顎をがちがち鳴らした。
「ニャッ……」
「……えっ」
「……」
到底まともな食事とはいいがたい内容に絶句するアオジ達。このままではよくないと考えたアオジは提案を出した。
「……カイト、ロビンさん。俺とツグミはこれからリオレウス亜種の狩猟に行くが、一緒に行くか? 一緒に行くなら食事も奢る」
誘いに対してカイトの表情がパッと明るくなった。
「いいんですかっ? 行きたいです!」
「もちろん」
食事はもちろんのことだが、クエストの契約金もまともに払えない様子。そのため高難度のクエストを受注できないカイトにしてみれば渡りに船だろう。何故かレッティも目を輝かせていた。
「ダンナさん。僕、お留守番?」
「残念だけどそうなるかもしれないわねぇ」
一方ロビンは料理のメニュー表を睨むように見ていた。この操虫棍使いのハンターはかなりのグルメだが、果たしてこの提案に乗ってくれるだろうか。
「なんでも奢ってくれるんだよな?」
「同行して狩猟するのであれば」
ロビンはやや時間を置いてから口を開いた。
「じゃあ行く。スペシャルハンバーガーがいい」
「はい」
“食い盛り”な若いハンターたちは嬉しそうだ。カイトはロビンにスペシャルハンバーガーについて熱く語っており、一方ロビンはカイトを冷ややかな目で見ている。そんな彼らを見ていたツグミは微笑んだ。
「カイト君とロビン君がいれば心強いわね」
「あぁ、そうだな。……俺の財布の心配はしてほしいところだが」
アオジはそう言いながら、通りかかった給仕のアイルーを呼び止めた。そしてスペシャルハンバーガー三人分とはじけイワシのアンチョビサンド二人分を注文した。