原生林の魔物 - 前編2/2
恐暴竜はぎろりとこちらを睨むと、タックルを仕掛けた。足元にいたツグミは、イビルジョーのタックルに巻き込まれ、倒れた。アオジはギリギリのところで回避する。ツグミがせき込みながら立ち上がったところを確認した。
ツグミはキッとイビルジョーを睨むと、追いかけるようにして突っ込んだ。レッティが慌ててイビルジョーから離れる。
アオジはイビルジョーの連続噛みつき攻撃をステップで回避した。極力、イビルジョーの意識をこちらに向けさせるため、顔目掛けて矢を撃った。ツグミがイビルジョーの傷だらけの脚を狙って更に切りつける。イビルジョーは足踏みをすると、大口を開け、ツグミを地面ごと食らおうとした。
レッティがツグミの前に立ちはだかる。
「……っ!」
「ダンナさん!」
反応がワンテンポ遅れる。駆け寄ったアオジがレッティを回収しつつ、ツグミの手を引いて距離を取る。大きな泥の塊を口に詰め込みながら恐暴竜は突進した。その合間から見える大きな牙と、ずらりと並ぶ歯。
イビルジョーは泥の塊を吐き出すと、すぐにこちらに迫ってきた。
「大丈夫ですか?」
「……にゃにゃ……」
「……えぇ!」
「……お元気で何よりですが、無茶はしないようにしてください」
アオジは言いながら、ツグミとレッティを背にして弓を構えた。ツグミは頷くと、イビルジョーの動きに注意を払いながら回復薬を口にした。
イビルジョーが再び噛みついてきた。と、同時にアオジは後退して回避すると、口腔内に貫通矢を放った。喉に矢が突き刺さる。苦痛でイビルジョーは暴れまわった。振り回される尾は鞭のようだった。大きく裂けた口をはーはーと開いたまま、イビルジョーは全身に力を込める。隆起する背中の筋肉は徐々に赤く染まっていった。
「困りましたね」
本気で困っているようには見えない口調でアオジが言った。
「撤退するなら今のうちですよ」
レッティが顔を上げるが、ダンナさんの次の一言で落胆していた。
「まさか! 最後まで狩りましょ!」
「……言うと思っていましたよ」
イビルジョーは口から龍の気を漏らしている。アオジとツグミとレッティは次の攻撃に備えて後ろに下がる。恐暴竜は怒号のような咆哮をあげながら走りだした。ツグミはイビルジョーの突進をかいくぐるようにして真下を走る。イビルジョーがスピードを落とし、天を仰ぎながら大きく息を吸った。ちょうどイビルジョーと正対していたアオジが、弓を構えて矢を番える。
ツグミがイビルジョーの足元に罠を仕掛けていた。
シビレ罠を踏みつけていたイビルジョーは、龍気を吐き出しながら全身を痙攣させていた。ブレスは不発に終わった。アオジはイビルジョーの胸元目掛けて矢を撃った。
ツグミとレッティは隙を見て、まだ痺れているイビルジョーめがけて突進攻撃を仕掛け、何度か後ろ脚を攻撃した。ツグミは更にバックステップで一度後退すると、力を溜めてから飛び掛かり、恐暴竜の胴体に剣を突き立てた。剣にこびりつく粘液が傷口に侵入する。胴体に足を引っかけ体を持ち上げると、高く跳んだ。
「てやぁっ!」
赤く隆起し、柔らかくなった背中を容赦なく切りつける。吹き上がる血飛沫。ツグミの白い防具は、血で汚れた。イビルジョーが僅かに体を動かした。ツグミはそのまま地面に転がり落ちるが、すぐに剣を構えて突撃する。
「もう罠の勢いが弱まっています! 下がって!」
アオジが攻撃を続けながらツグミに警告した。
「あ……!」
イビルジョーは罠を踏み潰し、尻尾を薙ぐようして大きく振り回した。イビルジョーの正面に立っていたアオジは矢を番え、弦を引き絞りながら避けると、振り向きざまに矢を撃った。矢が数本突き刺さる。ツグミは尾による叩きつけ攻撃を転がるようにして回避すると、イビルジョーの攻撃が当たらないところまで走る。レッティは恐暴竜の足元でわたわたしていたが、何とかツグミに追いつく。
アオジがイビルジョーから距離を取り、矢を番えた。
「なかなか転倒しないわね!」
「再度脚に粘菌を付けて爆破させれば転ぶのでは?」
「あ、そうね! レッティも行こ!」
「ニャ……にゃあ、わかったニャア……」
ツグミとレッティは駆ける。そしてイビルジョーの脚を集中的に狙い、攻撃する。脚にべっとりと粘液が付いた。しつこく切りつけられ、怒ったイビルジョーがツグミに食らいつこうと思いきり足踏みをした。イビルジョーはもちろんのこと、大型モンスターの中には足踏みひとつで小規模な揺れを発生させる。
「……っ!」
アオジがイビルジョーの背中を狙撃する。風を切って、矢が柔らかい背に突き刺さった。恐暴竜は大きく口を開けて、胃液を吐き出した。アオジがツグミに下がるように物陰を指した。ツグミは僅かにむっとした様子を見せたが、結局大人しく従った。
イビルジョーの胴と脚にこびりついた粘液は緑色から、次第に黄色へと変色しつつあった。
ツグミの手にしている片手剣と、レッティの武器はブラキディオスの素材でできている。剣と盾に、ブラキディオスと共生している緑色の粘菌が付着している。この粘菌は様々な要因で黄色へ変色し、更に赤くなると爆発を起こす。
水しぶきをあげて恐暴竜は暴れまわる。この状態ではツグミは近寄れない。
アオジとレッティがイビルジョーの気を引きつけている間、ツグミは物陰に移動した。ただ隠れているわけにもいかず、剣を研ぐ。
研ぎ終えてツグミは立ち上がった。まだ飛び出せるタイミングではない。
アオジが弦を引き絞り、脚を狙って矢を撃った。矢がイビルジョーの脚に勢いよく刺さる。刺激で粘菌の色が変わり始めた。黄色から燈色、そして赤く変色した。ツグミが物陰から飛び出る。
「……行くわよ!」
脚と胴に爆発が起こり、血飛沫が上がった。と、同時にイビルジョーがバランスを崩して転倒した。大きな水しぶきが上がった。その様はまるで水の幕のようだった。レッティが「うにゃ!」と叫びながら飛び退った。恐暴竜はとっさに立ち上がれずもがいている。
間髪入れずにツグミがイビルジョーの頭部に切りかかった。手ごたえを感じる。血飛沫が再び上がった。何度も切り付けてみるが、さすがにそう簡単には部位破壊はできなさそうだ。
やや離れたところにいたアオジが「下がってください」と合図した。ツグミは頷くとイビルジョーから離れた。同時に恐暴竜が転がりながら、体を起こすと轟きのような咆哮をあげる。頭から血を流し、口からは強酸性の涎を流していた。
空腹なのか、隆起し充血していた背中は、元の暗緑色に戻っていた。不意にハンターとオトモアイルーを無視して、走り出した。向かった先はゆるい傾斜のある広めのエリアだ。
「ニャ……? イビルジョーはどうしたのニャ?」
レッティが目をぱちくりさせながら、イビルジョーの後ろ姿を見ていた。アオジが汗と血をぬぐいながら、
「あの辺りにズワロポスがいたかと思います。……おそらく食事に向かったのではないかと」
「……ニャ」
レッティの耳は明後日の方向を向いていた。ツグミがトラップツールと雷光虫を使って罠を作成している。そして剣と盾についた血と脂を、水に流していた。血は流され、花弁の中に溶けるようにして混ざっていった。付着する粘菌はすっかり減っている。これ以上、爆破によるダメージは期待できないだろう。
「お待たせ。二人とも、もう行けそう?」
「はい」
「大丈夫ニャ」
「よーし、頑張りましょう! 目指すはイビルジョーの宝玉~!」
ツグミはうんうんと頷くと、先頭に立って歩き出した。
「……ハンターさん、ダンナさんは何であんなに元気なのニャ?」
「私が知りたいです」
アオジは疲れた顔でツグミの背中を見ていたが、ゆっくりと歩き出す。レッティは急いで追いかけた。
イビルジョーを追って鬱蒼とした木々のトンネルを進んでいた。ちょうどイビルジョーと交戦していたエリアから、隣接するエリアへ向かっていた。
見上げるとやはり赤い花がいくつも咲いており、無数もの花弁が川の流れに沿って浮かび、沈んでいた。薄暗い中、鮮やかな紅が浮かんで見えた。
普通であれば綺麗だという感想を抱くものだろうが、まるで血のようだとアオジは思った。イビルジョーの狩猟で、血を多く見たせいかもしれない。
進んでいくにつれ陽光が見えてきた。さっきまで空の真上にあった太陽は徐々に傾きつつあった。遠くから咆哮が聞こえる。どことなく騒がしいのは、やはりイビルジョーのせいだろうか。
ようやくトンネルを抜けると、ツグミとアオジとレッティは物陰に身をひそめて、周囲の状況を見ていた。少し離れたところで大きな影が見えた。脚で獲物をしっかりと押さえつけている。
「アオジ君、どうする?」
小声でツグミが訊ねてきた。
「一応、攻撃チャンスみたいだけど」
アオジは恐暴竜の様子を注意深く見た。食事に夢中だ。
「先に私が行って、イビルジョーの気を引きます。食事を中断したら、ツグミさんは罠肉の設置をお願いします」
ツグミは頷いた。レッティもプルプル震えながら頷いた。
アオジは背を低くしてイビルジョーへの接近を試みた。このエリアは開けた場所で隠れながら移動するには向いていない。恐暴竜はズワロポスにかぶりついている。すぐ近くに、おそらく別の個体と思しきズワロポスの残骸があった。川にはいくつもの赤い筋が絶えずあったが、一体どのくらいの数を腹に収めたのかは、一部始終を見ていたわけではないので分からない。だが、言わずと知れた“健啖の悪魔”のことだから、このエリアにいたズワロポスを全て食らったのだろう。
下手をすればこの一帯に生息する生物を食らいつくすことが予想される。
アオジはイビルジョーがズワロポスの腹に顔をうずめている間に、姿勢を低くして、素早く背後に回り込んだ。矢を番え、弓の弦を引き、イビルジョーの後ろ脚に向けて、矢を撃った。矢は風を切ってイビルジョーの脚に突き刺さった。
イビルジョーは微かに姿勢を崩した。そして恐暴竜の頭がこちらに向く。アオジは更に矢を手に掛けた。イビルジョーの頭は血に塗れ、肉片がこびりついていた。矢を番え、イビルジョーが方向転換しようとした時に、顔面目掛けて撃った。頬等柔らかい部位に矢が突き刺さる。イビルジョーは僅かに怯んだが、すぐに全身の筋肉を隆起させた。筋肉は再び充血して赤くなった。
「もう、お腹いっぱいみたいね!」
アオジは一瞬ツグミたちが隠れている物陰に目をやると、ツグミとレッティがこちらに駆け寄ってきていた。彼女の言う通り、腹が満たされている状態で罠肉を設置しても見向きすることはあまりないだろう。
「えぇ。……イビルジョーには乗れそうですか?」
「何とか頑張ってみる」
「無理はしない程度でお願いします」
ツグミは「了解!」というとレッティを伴って走り出した。
矢を番えて、こちらを見るイビルジョーの胸を狙う。エリアの端に小さな段差があった。水しぶきを上げてイビルジョーが迫りくる。アオジはイビルジョーの攻撃を回避しながら、少しずつ段差へ誘導した。
ツグミがレッティを背負いイビルジョーの動きに注意しながら接近してきている。彼女は段差に足を掛けると、飛びあがった。
「とりゃあ!」
「にゃああ!」
イビルジョーの皮膚を剣が切り裂く。更にイビルジョーを蹴り上げ、更に跳躍する。隆起した背中に斬撃を浴びせ、ツグミとレッティはしがみついた。そして腰に差している剥ぎ取りナイフを手にする。レッティはレッティで、手にしている武器で背中を攻撃していた。イビルジョーは背中にしがみつく人間を振り落とそうと暴れまわった。それに伴って長い尾を激しく振り回される。
「転倒させるわ!」
「了解です」